◎まちの話題

■自殺対策の相談を強化します！
＃いのちSOS
ID：1025270
[問い合わせ]健康課（電話番号042・581・4111）
日野市は、9月27日に自殺防止対策に先進的に取り組んでいるNPO法人ライフリンクと
自殺対策SNS等相談事業における『連携自治体事業』協定を結びました。
これは、SNSやメールなどを活用した相談事業です。
生きづらさや生活のしづらさ、誰かに聞いてほしい、友だちとうまくいかないなどの悩みをお聞かせください。
日野市に届きます。＃いのちSOS
《写真あり》
大坪市長（写真左）とNPO法人ライフリンク清水代表


■第17回ひのっ子シェフコンテストを開催
ID：1025134
[問い合わせ]中央公民館（電話番号042・581・7580）
10月15日に、市内の小学生が考えた地場産食材を活用した料理コンテストが行われました。
第17回となる今年は、26作品36人の児童から応募があり、
コンテストでは一次選考で選ばれた5作品8人が自ら考えた作品を調理しました。

▼金賞
「日野産ナムルのカラフルビビンバ」
五小4年生
土屋仁（つちやまさし）

▼銀賞
「秋のつめこみ隠し味コロッケ」
滝合小6年生
井上心和（いのうえここな）、加藤杏実（かとうあみ）

▼銀賞、栄養士・給食調理員が選んだ特別賞およびJA東京みなみ賞
「れんこん肉だんごと野菜たっぷりあんかけ日野丼」
東光寺小6年生
黒澤咲心（くろさわにこ）

▼銅賞
「じゃがいもの野菜ゴロゴロスープがけ」
豊田小4年生
亀井陽菜紀（かめいひなき）、竹内穂花（たけうちほのか）

▼銅賞および子ども審査員賞
「なしカレー」
豊田小4年生
松尾優斗（まつおゆうと）、深山晴太（みやませいた）

（敬称略）

※栄養士・給食調理員が選んだ特別賞は、市内小・中学校の給食で提供されるメニューとなります
※今号3面に関連記事「第17回ひのっ子シェフコンテストが開催されました」を掲載しています



◎みんなのふるさとこぼれ話70
金子みすゞと巽聖歌
ID：1025118
[問い合わせ]郷土資料館（電話番号042・592・0981）

金子みすゞ（1903～1930）は、山口県大津郡仙崎村（長門市）に生まれ、巽聖歌より2歳年上です。
女学生のころから童謡を書き始め、西條八十（やそ）に認められ、『童話』『金の星』『赤い鳥』などに作品を発表。
同世代の投稿詩人の憧れの存在だったと言われています。
巽聖歌との交流の記録は残っていませんが、
聖歌の大正14（1925）年の日記の巻末にある「知友一覧」（住所録）に「山口県仙崎町金子文口堂金子みすゞ」の名前があります。
「金子文口堂」は、仙崎で金子家が営んでいた書店「金子文英堂」のことだと思われます。
『童話』大正14年10月号には、みすゞの「去年のけふ」と聖歌の「松雀・松の穂」が同時に掲載されており、
このほかにもいくつかの童謡雑誌に二人の作品が一緒に掲載されています。
また、みすゞがお気に入りの作品をまとめて編集した『琅玕集（ろうかんしゅう）』には、
聖歌の代表作「水口」が掲載されています。
お互いのことを知っていて、その作品を認めていたことが分かります。
昭和5（1930）年に26歳で早世した後は、みすゞの作品は次第に忘れられた存在となってしまいました。
昭和50年代の後半に作家の矢崎節夫が再発見して全集を刊行、
今では知らない人がいないほど、その作品は多くの人に愛されています。
令和5年10月3日～11月15日まで、仙崎の金子みすゞ記念館では、「みすゞと同世代の童謡詩人」という展覧会が開催され、
島田忠夫・佐藤義美などとともに巽聖歌のことも取り上げられました。
記念館の方に日記の「知友一覧」のことを紹介したら、同時代の数少ない資料だと喜んでいただきました。
みすゞは、大正12（1923）年4月から下関に移り住んでいるので、
聖歌が仙崎の住所を知っていたということは、それよりも前から交流があったことを示しているのかもしれません。
昭和29（1954）年に巽聖歌の編集で刊行された『日本幼年童話全集』7童謡編（河出書房）には、
「おとむらいの日」「たいりょう」など、みすゞの作品が10編掲載されています。
戦後初めてみすゞの作品が取り上げられた童謡集です。
みすゞ再評価の30年前に、聖歌は金子みすゞの作品を、多くの人に読んでもらいたいと思っていたことが分かります。

《画像あり》
金子みすゞの住所が出ている『大正14年日記』知友一覧