◎みんなのふるさとこぼれ話73
ID：1025735
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佐藤湘陽（しょうよう）の碑
佐藤湘陽は通称良輔、諱（いみな）は博敏、相模国高座郡田名村（神奈川県相模原市）に生まれました。
明治8（1875）年、田名小学校の教員から始まり、明治12年10月、落川村にあった昭景学校の校長となりました。
昭景学校は、明治8年に潤徳分学校として始まりましたが、
明治9年12月に真照寺本堂を校舎として開校し、落川村、百草村、一ノ宮村（多摩市）を通学区域としました。
明治21年に昭景尋常小学校となり、明治29年12月に落川943番地に校舎を新築し移転しました。
明治42年5月に廃校となり、以後は潤徳尋常高等小学校の落川分教場となりました（昭和41年落川分校廃止）。
湘陽は、明治12年から明治36年1月まで昭景学校の校長を、続いて明治42年4月まで潤徳小学校の校長を務めました。
また、学校を卒業した人たちにも漢籍、書、国学、詩歌、農業や養蚕など多くのことを教えました。
大正5（1916）年12月9日、63歳のとき、風邪をこじらせて落川の地で亡くなりました。
門弟たちは、長きにわたり七生村で人々の教育に貢献してきた師の功績を称えようと、頌徳碑（しょうとくひ）の建立を計画しました。
大正6年9月に真照寺住職野村宥慶らを発起人として、東京府知事宛てに碑の建立願が出され、
大正7年3月、真照寺境内に碑が建てられました。
篆額（てんがく）を岡田良平、撰文を千家尊福（せんけたかとみ）、書を本田定寿（さだとし）（石庵）に依頼し、
台座を含め高さ約3mに及ぶ大きな碑です。

《写真あり》
佐藤湘陽（『潤徳百年史』より）
佐藤湘陽の碑（真照寺（落川））



◎市長大坪冬彦コラム
ID：1008200
今そこに迫りくる2024年問題
平成30年7月に公布された「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」によって長時間労働規制が広がり、
5年間その適用を猶予されていた自動車運転業務・建設事業・医師についても今年4月から長時間労働の上限規制が導入されます。
もともとこれらの業界では過労死ラインを超えた長時間労働が常態化しており、法の施行は歓迎すべきですが、
そのことによって起きる大きな社会経済的影響は2024年問題と称され、報道などでもたびたび取り上げられています。
自動車運転については、ただでさえ運転手不足に悩まされていたタクシー・トラック・バスなどの交通・物流・輸送への影響が大きく、
タクシー不足、バス路線の廃止、物資配送の遅延や減少など社会生活への深刻な影響が懸念されます。
ネット通販の注文品配達遅延にとどまらず、
さまざまな企業活動や商業活動が滞り、市民の足としての公共交通の縮小などが予想されます。
建設事業では、住宅や公共施設の建設工事の費用高騰と工期延長や契約不調の多発など、
まちのインフラ建設や維持補修などにも深刻な影響が予想されます。
医師については医師不足に拍車がかかり、必要な医療サービス提供に支障が出る可能性があります。
日野市においても、正規バス路線やミニバス路線の現状維持がどこまで可能か、
公共施設工事の費用高騰や遅延、市立病院の診療への影響などが懸念されます。
市としては、関係者・関係機関から意見を伺いながら、必要な支援を実施することで、
市民生活への影響をできる限り軽減する努力をしてまいります。